オピニオン

受験は競争か?

「まわりの人間を、ジャガイモだと思え!」
先日、大学入試センター試験前日のニュースを見ていたら、ある高校の進路指導の先生が、そう口にしていた。
生徒たちは笑って聞いていたが、私はやや違和感を抱いた。

試験を翌日に控え、〝もうやるべきことはすべてやった〟受験生に対して、あと言えるのは〝周囲の受験生に気後れしない〟ことだけだと思い、言った言葉だったのだろう。
しかし、私には、そうした意味の裏に、〝自分以外の受験生はみなライバルであり、彼らよりもいい点数をとらなければ志望校には合格できないぞ!〟というメッセージが同時に込められているように感じられた。

受験を〝他人との競争〟だと考える人たちは少なくない。
私は進学校出身だが、受験を〝競争〟だと捉える先生は確実にいた。

私は、(もう30年以上も前の)受験生時代、受験を〝他人に打ち勝つ競争〟だと思ったことは一度もなかった。
志望校に合格するかしないかは、たんに合格点をクリアするかしないかにかかっていると思っていた。
つまり、その合格点を十分にクリアするだけの学力を持ち、その学力通りの結果を出せば、他の受験生のことなど気にしなくていいと思っていたのだ。

ある大学の合格点は年ごとに変動する。
しかし、その変動の幅は、たいていの大学で安定している。
たとえば、ある大学の前年の合格点が65点だとしたら、その前の年は63点、さらにその前の年は66点……というように、あまりバラつかないということだ。
前年は65点だったが、その前の年は80点、その前の年は55点……などということはないのである。

また、大学にはその大学ごとの出題傾向というものがある。
ある年には難関な単語が散りばめられ、独特の言い回しが多い英文読解が出題されたが、次の年にはえらくオーソドックスでシンプルな英文が出題されたといったことは、(たとえば出題担当者が変わるなどの事情で)まるでないとは言い切れないが、ほぼないと言っていいのである。
つまり、志望校の出題傾向と自分との相性や実力、努力を照らし合わせれば、その大学に合格するかどうかは、ある程度読めてくる。

受験が〝競争〟に見えるのは、合格ライン付近の得点分布にフォーカスしたときである。
合格ライン付近の得点しか取れなかった受験生の合否は、たしかに1点の差に左右される。
しかし、その1点の差を生み出すものは、実力の差もあるだろうが、まぐれの正答による得点だったり、ケアレスミスによる失点だったりすることも多い。
合格点を十分にクリアする学力があれば、そんな1点の差に泣くことはない。

要は、受験の合否は、当たり前すぎるが、自分が志望校に合格するに足る学力を十分に身につけ、いかに平常心で受験できるかにかかっている。
よって、受験の本質は〝他人に打ち勝つ競争〟ではない。
〝自分に打ち勝つ営み〟なのである。

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