アリストテレス(Aristoteles):実体論

アリストテレスにおいて、すべての原因や原理を対象とする学問は、「存在としての存在」を探究することが目的であり、「第一哲学」(あるいは「神学」)と呼ばれる。
数学や自然学、論理学といった学問は、存在の一面にスポットを当て、その側面に見られる性質を探究するが、「第一哲学」は、“本当に存在するもの”=「実体」(ウーシア)を対象とし、その「実体」が何であるかを探究する。
アリストテレスは、“存在するとはどういうことか?”ということがわかって(「第一哲学」を経て)、はじめて数学や自然学などの「第二哲学」以下の探究ができると考えたのであろう。
そして、アリストテレスは、こうした問題を、主に『形而上学』のなかで考察している。

それでは、アリストテレスが言う「実体」とは何であろうか?
それは、“この人、あの人”“この馬、あの馬”と指をさして示すことができるような個物である。
アリストテレスの師プラトンにおいては、真の存在は「イデア」であり、個物は「イデア」のコピーとされていたが、アリストテレスにおいては、個物こそが真の存在とされた。

個物というのは認識できるものであるが、何をもって個物を認識するかと言えば、その個物がどういう本質を持っているかということを述語として明らかにしたときであるという。
たとえば、今ここに1台の車(トラック)があるとすると、人は、“この車は”という主語のあとに、“トラックである”という述語をつけて認識する。
トラックは荷物を運搬しやすいようにつくられているが、そのようにつくるためには、設計図が必要である。
その設計図があってはじめて、車(トラック)は、“車一般”ではなく、“トラック”となるのである。
こうした設計図に当たるもののことを、アリストテレスは「形相」(エイドス)と呼び、個物の材料のことを「質料」(ヒュレー)と呼んだ。
つまり、個物は「形相」と「質料」の合成体(シュノロン)であり、この個物をアリストテレスは「第一実体」と呼んだ。

一方、“人間一般”“馬一般”“車一般”のような「形相」については、個物があってはじめて認識されるので、「第二実体」と呼んだ。

◀︎ アリストテレス:イデア論批判
アリストテレス:可能態・現実態、四原因論 ▶︎

【西洋哲学史と倫理学のキホン:目次】

管理人のサイト「QLOCOZY」へ