アウグスティヌス(Augustinus):時間論と歴史哲学

自己が神への信仰の基盤として確実に存在することを見出したアウグスティヌスは、次に、そうした自己を通して神について考察していった。
その考察のプロセスにおいてアウグスティヌスは、いくつかの重要な論を展開している。
それは、「時間論」「歴史哲学」「自由意志論」である。

時間論

時間は過去、現在、未来に分けられるが、過去はすでに過ぎ去ったものとして存在せず、未来はまだやって来ないものとして存在しない。
実は、過去は記憶、現在は直観(直視)、未来は期待として、それぞれ意識のなかにある。
そして、過去の記憶を思い起こすのは現在の自己であり、また、未来に何かを期待するのも現在の自己である。
つまり、時間とは、人間の外部にある客観的な存在ではなく、人間の意識のなかに存在するものであり、その人間は神によって創造されたのだから、時間もまた神によって創造されたものだと言うことができる。

歴史哲学

410年、キリスト教の中心地であったローマが、異教徒のゴート族によって略奪されるという事件が起きた。
このときゴート族は、ローマの人びとに対して、“神を捨てた報いだ”と言ったという。
この事件をキリスト教徒はどう考えればいいのか?
その“答え”としてアウグスティヌスが著したのが、『神の国』だとされる。
『神の国』によると、人類の歴史というのは、地上の国に遣わされ、神を想い、平和を愛し、優しさと誠実さをもって生きる人びとが住む神の国と、快楽や権力、自己の利益などを求めて生きる人びとが住む地上の国との争いである。
その争いの結果、あるときは一方が勝ち、あるときはもう一方が勝つという状況が生じるが、最終的には、最後の審判によって2つの国は分断され、神の国の住人は永遠の平安を得るのに対し、地上の国の住人は地獄に落とされる。
つまり、アウグスティヌスは、ゴート族の勝利によるキリスト教徒の苦難は永遠なる神の視点から考える必要があり、キリスト教徒は地上に生きているとしても神の国の住人でなければならないと唱えたのである。
こうしたアウグスティヌスの考え方は、西洋哲学史上初の歴史哲学として評価されている。

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アウグスティヌス:自由意志論 ▶︎

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