ヒューム(Hume):因果の否定

認識の源泉を知覚にしか認めないヒュームは、哲学史上まれに見る革新的・破壊的な学説を提示した。
その1つが、因果の否定である。

たとえば、われわれは“火に近づくと熱い”という観念を持っている。
なぜなら、“火の温度が高いことが原因となって熱く感じるという結果がもたらされる”、すなわち、“火と熱さのあいだには因果関係がある”と考えているからである。
ここで、火の温度が高いことは、温度計で測ればすぐにわかる。
また、火のそばでは熱く感じることは疑いようがない感覚である。
しかし、だからといって、“火に近づくと熱い”という因果関係が成り立つとは言えない、とヒュームは言う。
なぜなら、“火に近づくと熱い”という観念は“火に近づいたから熱い”と言い換えられるが、この記述のなかの「から」を知覚することは決してできないからである。

それでは、2つの事象をつなぐ因果性を知覚できないにもかかわらず、なぜ人はそこに因果関係があると思ってしまうのであろうか?
ヒュームによれば、因果関係を構成する要素は3つあるという。
火に近づくという「接近」、火に近づくと続いて熱いと感じる「継起」、火に近づくと例外なく“必ず”熱いと感じる「必然的結合」である。

ここでヒュームが言う「必然的結合」とは、もちろん理性による洞察にもとづくものではない。
火に近づいて熱いと感じる経験を何度か繰り返すと、それが「習慣」(カスタム)となり、火と熱さのあいだに強い結びつきがあるという「信念」(ビリーフ)が生じる。
そのため、人は、火と聞いただけで熱いと連想するようになり、火に近づくという事象と熱く感じるという事象とのあいだに因果関係があるということが必然のように思えてくるというのである。

このようにしてヒュームは、因果があるように思えるのは人間の主観的な「心の決定」によるのであって、決して自然に備わった性質ではないと主張したのであった。

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