ライプニッツ(Leibniz):予定調和

ライプニッツは、モナドが世界(宇宙)を構成する実体だと考えたが、モナド同士は互いに影響しあわないとした。
しかし、それだけでは、それぞれのモナドがそれぞれに宇宙を「表象」する(映し出す)ことによって生じる多様性は説明できるものの、世界や宇宙の秩序が説明できない。
もしも、相互に影響しあわないモナドがそれぞれ“好き勝手に”世界や宇宙を表象するとしたら、そこには無秩序しか存在しなくなる。

この点についてライプニッツは、それぞれのモナドのあいだに調和が成り立つのは、神がそのように定めているからだと考えた。(※1)
つまり、われわれ人間の目には偶然に映るようなことでも、そこにはモナドのなかにあらかじめ組み込まれた調和が実現しているのであり、逆に言えば、モナド同士が互いに調和しているのは、それぞれのモナドが神によって組み込まれた調和に従って世界や宇宙を映し出しているからなのである。
こうした考え方を「予定調和」と呼ぶ。

ライプニッツが唱えた予定調和は、デカルト以来の心身問題を“解決”する考え方でもあった。
ライプニッツは、『モナドロジー』のなかで、およそ次のように述べている——

ここに2つの時計があり、互いに完全に同じ時刻を刻んでいるとする。
これを可能にするには、どんなに時が経とうとも、互いに完全に同じ時刻を刻むと確信できるほど充分な技術を使って精巧に2つの時計をつくることだ。
そうすれば、2つの時計は、直接には何の作用もしあわないのに、見た目は互いに関係しあっているかのように完全に一致する。
これは、製作者が優秀であればあるほど、実現可能性が高まる。
ましてや、制作者が神であれば、なおさらだ。
それでは、2つの時計を、精神と物体に置き換えてみるとどうなるか?
当然ながら、この予定調和が、精神と身体とのあいだにも成り立つと考えられるのである。

ライプニッツのモナド論と予定調和説は、この他にも、自然科学とスコラ学をどう調和させるか、また、奇蹟や恩寵、自由意志といったキリスト教の信仰上の問題をどう解釈するかといったそれまでの課題を“解決”していった。
そのため、ライプニッツは、それまでのギリシア哲学を整理・体系化したアリストテレスにちなんで、「近世のアリストテレス」と呼ばれることもある。

なお、デカルトに始まり、スピノザ、ライプニッツと継承されていった、理性に従った思考を重んじる哲学の流れを「大陸合理論」と呼ぶ。

(※1)ライプニッツにとって、神とは、“最高度に覚醒しているモナド”であった。

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