プロティノス(Plotinus)

プロティノス(204/205〜269/270)は、エジプトに生まれ、アレクサンドリアで神秘主義者のアムモニオス・サッカスに学び、東方へ遊学し、ペルシアやインドの哲学に触れ、新プラトン主義を完成させた。
プロティノスの著作には、弟子のポルピリオスによって編集された『エンネアデス』がある。

フィロンは、神が万物を超越する一方で万物の創造者であり、人間は神と1つになるべきことを説いたが、プロティノスは、こうしたフィロンの問題意識をそのまま受け継いだ。
プロティノスによれば、神は無限で姿形がなく、一切の存在者の究極の原因であり、言い当てることができない1つのもの=「一者」(ト・ヘン)だという。
さらに「一者」は、みずから足り、不足することがなく円満で、思惟(主観)と存在(客観)の対立を超越している。

それでは、そうした「一者」からどのようにして万物が生成したのか?
それは、太陽から光が出るように、あるいは泉から水が湧き出るように、「一者」から万物が流れ出るように出てきたのだという。
こうしたプロティノスの考え方を「流出説」(エマナチオ)と呼ぶ。

流出には、3つの段階があるという。
まず、「一者」が自分自身を顧(かえり)みるという思惟の働きによって「ヌース」(理性)が流れ出る。
次に、「ヌース」から魂(精神)が流れ出て、さらに、魂(精神)の観るという働きから観られるもの=物質が流れ出る。
つまり、物質は、神と無縁であったり対立したりするものではなく、「一者」からの流出の末端なのである。

さらに、プロティノスは、流出の逆をたどれば神=「一者」と1つになれるという考えを、美の考察を通して展開した。
つまり、まず、肉体的な束縛=感覚的な美(視覚や聴覚などによる美)を脱して魂における精神的な美(知識や徳などの美)に達し、次に、精神的な美のなかに現れる理想(イデア)の美を直観することによって「ヌース」へいたり、ついには、神のなかに没入して自己を忘却する境地=「エクスタシス」に到達することができると唱えたのである。
ちなみに、プロティノス自身は、生涯において、こうした「エクスタシス」の境地に4度、達したらしい。

このようなプロティノスの哲学は、中世のキリスト教哲学者アウグスティヌスに影響を与えるなど、キリスト教神学へ取り入れられていくこととなった。

◀︎ ユスティノス
[ブックガイド]古代哲学編 ▶︎

【西洋哲学史と倫理学のキホン:目次】

管理人のサイト「QLOCOZY」へ