ソシュール(Saussure)

スイス・ジュネーブ生まれの言語学者フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857-1913)は、〝言葉と意味はどのような関係にあるのか?〟について研究したが、その成果は、たんに言語学における影響にとどまらず、現代思想にまで大きな影響を与えた。

シニフィアンとシニフィエ

日本語では複数の言葉で表すのに、英語だと1語で事足りる言葉がある。
たとえば、日本語で〝イネ〟〝コメ〟〝ゴハン〟は、英語では〝rice〟(ライス)1語である。
ソシュールは、言葉を1つの記号=「シーニュ」ととらえ、〝イネ〟のように音で表現される言葉の側面を「シニフィアン」、言葉の音が指し示す内容を「シニフィエ」と呼んだ。
これを敷衍すれば、〝イネ〟〝コメ〟〝ゴハン〟という「シニフィアン」にはそれぞれ別の「シニフィエ」があり、〝rice〟という「シニフィアン」には1つの「シニフィエ」しかないと言える。
つまり、日本語では3つの「シニフィエ」を指し示すのに、その3つを英語では1つの「シニフィエ」として指し示すのである。
この違いは、ある内容を表すための表現の区切り方は言語によってまちまちであり、「シニフィアン」と「シニフィエ」のあいだには、あらかじめ定まった結びつきはないということ=「言語記号の恣意性」を示している。

言語は示差的関係の体系

恣意性は、同じ言語内においても見ることができる。
たとえば、昔の日本においては、雪駄(せった)は草履(ぞうり)とは違うものとして区別されていたが、雪駄が人びとの生活のなかから姿を消すと、雪駄は草履の一種となった。
これは、草履が指し示す内容が拡大されたということであり、ある言葉がカバーする意味の範囲は他の言葉との差異によって決まることを示している。
つまり、言語とは、すべての言葉が他の言葉との差異によって成り立つ「示差的」関係の体系なのである。

ソシュールの思想の影響

西洋哲学においては、〝対象や概念を言葉がいかに正確に言い当てるか〟ということが重視されてきた。
つまり、たとえて言えば、あらゆる対象や概念に関する〝名前の目録〟のようなものが存在すると考えられてきたのである(「言語名称目録観」)。
その影響を受けた人びとは、〝イネ〟という言葉は〝イネ〟という確固たる存在を言い当てていると考える。
しかし、それでは、〝rice〟や〝雪駄〟の例で見たように、言語によって表現の区切り方が異なったり、その区切り方が変化したりすることを説明できない。
これに対してソシュールは、あらかじめ定まった対象や概念が言葉によって言い当てられるのではなく、言葉によって物事が分節されたあと意味や概念が成立すると考えたのである。
そうだとすれば、言語は、その言語特有の世界観を形成し、その言語を使う人びとの思考を規定していることになる。
日本語を使う私たち日本人は、日本語特有の世界観や価値観に規定されているということだ。
このことは、人間が言語体系という社会構造のなかに組み込まれていることを意味する。
こうした見方は、20世紀後半の思想界に大きな影響を与え、特にフランスで盛んになり、「構造主義」と呼ばれるようになった思想潮流の起点となった。

ブックガイド

言葉とは何か』(丸山圭三郎 著)
▼ソシュールを学ぼうとするなら、まず、世界的なソシュール研究者であった丸山圭三郎(1933-1993)が著した本書から読むとよい。ソシュールの考え方の基本がよくわかるうえに、言語学の基礎知識を得ることもできる。超オススメ!

ソシュールを読む』(丸山圭三郎 著)
▼上記『言葉とは何か』を読んだら、次に本書を読むとよい。中級者向けなので、決して平易だとは言えないが、じっくり読めば、ソシュールの思想についてさらに理解を深められる。

新訳 ソシュール 一般言語学講義
▼ソシュールがジュネーブ大学で行なった一般言語学に関する講義の内容を弟子たちがまとめた著作『Cours de linguistique generale』(1916)を、言語学者・町田健が翻訳している。
同じく言語学者であった小林英夫(1903-1978)による訳書『一般言語学講義』が長い間の定番であったが、それよりだいぶ読みやすくなった。
ただし、いかに読みやすくなったといえども、事前にある程度は言語学や欧米系言語の知識を身につけておいたほうがいいだろう。






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