シェリング(Schelling)

フィヒテの哲学を継承し、さらに徹底させたのが、シェリング(1775〜1854)である。
彼は、フィヒテが『全知識学の基礎』を出版した翌年の1795年、『哲学の原理としての自我について』を著したが、それを読んだフィヒテに「私の著書の注釈であり、私の考えを適切に理解している」と言わしめるほど、フィヒテの哲学をわがものとしていた。
そんなシェリングであったが、やがてフィヒテの哲学から離れていくことになる。
それは、まさにフィヒテの哲学の核心である絶対我の概念に満足できないからであった。

フィヒテの哲学において自我とは、現実の人間が障害=非我を乗り越え、絶対我へいたろうとするものであった。
そこでは、自我は非我と対立し、絶対我は非我と対立する自我(人間精神)のなかにとどまるものであった。
しかし、“絶対”と呼ぶ以上、非我に障害されるのはおかしく、“絶対”であるならば障害を乗り越えて無限に広がっていくべき存在でなければならない。
とすれば、それはもはや自我と呼ぶべきものではなく、絶対者と呼ぶべきものであるはずだ。
絶対者であるならば、それは人間精神の根拠であるだけでなく、その枠を越えて非我の根拠でもなければならない。
このように考えたシェリングは、フィヒテの自我と非我の根底に絶対者を置き、精神と自然は同じ1つの絶対者から展開したと論じた。
こうしたシェリングの考え方を「同一哲学」と呼ぶ。

しかし、すべてが絶対者から展開したのだとなると、それではなぜ、精神と自然という別々のものが生じるのかという疑問が湧く。
これについてシェリングは、絶対者は質に相違がないのだから、精神と自然の相違は質的な違いではなく、量的な違いだと述べている。
つまり、精神のなかには自然の要素があり、自然のなかには精神の要素があるのだが、精神においては精神の要素のほうが多く、自然においては自然の要素のほうが多いということである。

こうして、シェリングの哲学における自然とは、精神の要素を含む存在であるため、デカルトが考えたような無機質な存在ではなく、有機的な存在となった。
しかも、ただたんに有機的であるだけではなく、精神性が低い(精神の要素が少ない)段階から高い段階へと上昇する運動を伴う系列なのであった。
シェリングは、自然のなかに見られる力の現れを「ポテンツ」と呼び、最初のポテンツは物質であるとしたが、物質のなかにはさらに展開しようとする力が宿っており、それが磁気や電気、化学反応などの現象となり、さらには有機体や生物体へと上昇していくと考えた。

さらに、シェリングは、この系列を精神にも適用した。
彼は精神を、必然性を追究する理論哲学、自由を実現する実践哲学、自分以上のもの(絶対者)を表現しようとする芸術哲学に区別し、絶対者そのものを直観し、作品のなかに定着させようとする優れた芸術家=「天才」の精神(の働き)を最高位に位置づけたのであった。

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