ソクラテス(Socrates):知徳合一と魂の世話

ソクラテスのディアレクティケーの目的は、たんに物事の本質=普遍的な知(定義)を言い当てることだけにあったのではない。
身体ではなく魂(プシュケー)を本質とする存在である人間が、自己にとって本質的な価値を持つ「」(アレテー)を獲得し、善く生きること=幸福になることにあった。

ソクラテスは、ある人が誤った行為をするのは、正しいことを知らないからであり、逆に、本当のことを知れば、それを必ず行なう(行なわざるをえない)はずだと考えた。
たとえば、人にウソをつく人が、正直とは他人をだまさないことであると知れば、他人をだませば(正直の)「徳」から離れ、幸福からも離れてしまうということに気づくので、ウソをつかずに正直に振る舞おうとすると考えたのだ。
つまり、ソクラテスにおいては、ディアレクティケーによって普遍的な知を獲得することは、善い行ないをすること、そして善く生きること、幸福になることへとそのままつながるのであった。
ソクラテスにおけるこうした考え方を「知徳合一」「福徳一致」と呼ぶ。

ソクラテスは、人間として幸福になるためには、魂をよい状態に保つこと=「魂の世話」(魂への配慮)が大切だという言い方もしている。
この場合の「よい状態」とは、もちろん、物事の本質を知ることであるから、「魂の世話」(魂への配慮)とは、よりよく知る状態に魂を保つという意味になる。

※関連ページ:「【徳倫理学】ソクラテス

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