ストア派(Stoicism)

アリストテレスの死後、紀元後3世紀までの哲学を「ヘレニズム期の哲学」と呼ぶ。
また、紀元後1世紀半ばを境に、「ヘレニズム前期」「ヘレニズム後期」と分けることもある。

この時代には、アレクサンドロス大王が広大な帝国を築き上げたことに伴い、ギリシアのポリスが衰退し、また、数々の戦争が起きた。
その結果、人びとは開かれた大帝国に「コスモポリタン」(世界市民)として生きることになったが、反面、時代の変化に翻弄(ほんろう)され、生きる指針を失う傾向にあった。
そのため、ヘレニズム期の哲学は、ポリスの存在を前提とし、もっぱら万物のアルケーや善を探究したそれまでの哲学とは異なり、“社会の変化に影響されない心の安らぎを得るにはどうすればいいか?”という倫理的な問いを探究することになる。
こうしたヘレニズム期には、さまざまな哲学派が併存し、互いに主張を競い合ったが、その代表としてまず挙げられるのが「ストア派」(※1)である。

ストア派の創始者と言われているのは、ゼノン(B.C.335頃〜B.C.263頃)である(エレアのゼノンとは、まるで別人である)。
ゼノンが師事したのはクラテス(B.C.365頃〜B.C.285)という人物であり、このクラテスは「キュニコス派」(「キニク派」「犬儒派」とも呼ばれる)という哲学派の1人であった。
キュニコス派はソクラテスと同様、幸福に生きることをもっとも重視したが、ソクラテスとは異なり、自然に従って生きることが幸福であると主張し、「キニク(犬のような、恥知らずな)生活」を送り、世間一般の価値観を否定したばかりか、学問までも否定した。
ゼノンは、そうしたキュニコス派の精神を受け継いだが、学問は重視した。
その証拠に、ストア派は、学問を、論理学、自然学、倫理学に明確に分類している。
そして、ストア派は、そのなかでも倫理学を重視した。

ストア派は、ソクラテスやキュニコス派と同様、人間は幸福に生きることを目的としなければいけないと唱えた。
しかし、幸福に生きるとは自然に従うことだと考えたのはキュニコス派と同じだが、それは理性に従うことと同義であると主張した点でキュニコス派とは異なっている。
ストア派は、自然に従うことは理性に従うことであり、さらにそれは、宇宙を秩序づけている根源の働きや力である「ロゴス」に従うことだと考えた。
そして、心が不安で安らぎを得られないのは、ロゴスを正しく働かせないで、「パトス」(快楽や苦痛を伴う一時的な感情)にまどわされているからだと主張した。
そのため、パトスを抑え、心を安らかな状態=「アパテイア」にすることを重視した。

心を「アパテイア」の状態に保つためには、社会的な名誉や財産、健康、病気、貧しさ……など、善か悪かに関わらず外部の一切のものは自分の心を満足させたり恐れさせたりすることはないと考えればよい。
つまり、外部のものはすべて、どれが善いとか悪いとか、優れているとか劣っているとか、価値において区別がないもの=「アディアフォラ」なのだ。
外部のものには価値の区別はないのだから、あとは徳によって、心がみずから満ち足りている状態=「アウタルキア」にすればいい。
そうすれば、幸福な状態になることができる——
ストア派は、そう考えたのである。

(※1)ストア派という名は、ゼノンが、アテナイの「ストア・ポインキレー」(彩られた柱廊)という場所で講義を始めたことに由来する。

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