構造主義(Structuralism):レヴィ=ストロース、ラカン、バルト、アルチュセール

構造主義」(Structuralism)とは、〝社会や文化には、みずからが構成するシステムがあり、そのシステムが人びとを無意識的に規定している〟と考える思潮のことである。
ソシュールの言語学が広まったフランスで盛んになった。
代表的な人物として、クロード・レヴィ=ストロース(Claude Levi-Strauss、1908~2009)、ジャック・ラカン(Jacques Lacan、1901~1981)、ロラン・バルト(Roland Barthes、1915~1980)、ルイ・アルチュセール(Louis Althusser、1918~1990)が挙げられる。

レヴィ=ストロース

ブラジルで未開社会(無文字社会)のフィールドワークを行なった人類学者のレヴィ=ストロースは、「インセスト・タブー」(近親相姦の禁忌)のあり方が部族によって異なっていても、そこにはある共通した構造を見て取れることを明らかにした。
たとえば、同じイトコでも父方の兄弟や母方の姉妹の子どもとしか結婚できない部族がある一方で、母方のイトコとは結婚できるが父方のイトコとは結婚できない部族がある。
これに対してレヴィ=ストロースは、女性を〝贈りもの〟とみなせば、〝贈りもの〟となる女性を集団のなかで妻とするわけにはいかないため、その女性は「インセスト・タブー」の対象になると考えた。
つまり、各部族における「インセスト・タブー」は一見ばらばらに見えるが、構造に着目した見方をすれば統一的に理解でき、未開社会にも合理的な構造があることを示したのである。
このようにレヴィ=ストロースは、その社会の成員ですら意識していない構造を明らかにすることによって、個人は社会の構造に規定されており、決して自由に行動できるわけではないことを示した。
そして、人間を自由な主体と考える実存主義の主唱者サルトルを批判した。
また、こうしたレヴィ=ストロースの研究は、みずからを進歩した優秀な文化と捉える欧米中心主義の考え方を否定することになった。

ラカン

精神科医であったラカンは、フロイトの精神分析理論を構造主義的に解釈し、無意識における自我の構造を明らかにした。
ラカンによれば、生後6~18ヵ月の乳幼児は、身体的感覚の受容が断片的で(「寸断された身体」)、自分と他者を区別できないが、鏡に映った〝外部の自己〟=他者を見ることによって自己同一性を築くようになるため、自我は常に〝理想の自我〟を追い求め(「自己愛」=「ナルシシズム」)、他者(特に母親)からの承認を必要とするのだという。
このラカンの概念を「鏡像段階説」と呼ぶ。
そして、2~3歳になった幼児は、自分が母親の欲望の対象となることで自分の欲望を満たそうとする。
しかし、母親の欲望は、自分ではなく父親に向かっている。
このことに気づいた幼児の自我は、〝他者としての父親〟=「大文字の他者」を受け入れ、以後それに影響されることになる。
これは、フロイトが唱えた「エディプス・コンプレックス」の解釈となっている。
一方、ラカンは、以上のことを自我形成のメカニズム=「シェーマL」としても捉えた。
主体としての自己(S)は他者(a’)をベースに自我(a)を形づくっていくが、実は自己(S)や自我(a)の背後には、言語、神、文化、国家、経済システムといった「大文字の他者」(A)が存在し、大きな影響力を及ぼしている。
つまり、自己(S)や自我(a)は、外部の価値基準によって無意識のうちに認識や価値観を規定されているのである。
こうしたラカンの思想は、精神分析界のみならず、哲学・思想や文化論の領域にも大きな影響を及ぼした。

バルト

文芸批評家であったバルトは、ソシュールの言語学をベースとする記号論を用いた分析によって、小説や広告、社会風俗、流行など、さまざまな対象に備わる構造を読み解いていった。
バルトの著書『ロラン・バルトによるロラン・バルト』によれば、彼の思想は4つの時期から成る。
最初の「社会的神話学」の時期において、バルトは、現代社会では記号表現=「シニフィアン」(例:AKB48)と記号内容=「シニフィエ」(例:アイドル)は不分離で自然なものに見えるが、このあり方を「神話」と呼び、「神話」が広告からプロレスにいたるまで見られるとした。
次の記号学の時期においては、ファッションに関する文章が〝カーディガン〟〝開襟〟など有意味なシニフィアンを用いながら、ファッション自体は暗示されるだけで、対応するシニフィエを持たないことを明らかにし、ファッションの文章を「シニフィエなきシニフィアン」と批判した。
続く時期においては、東京を対象として都市の記号論的意味を論じ、最後の時期においては、書物や楽譜、絵画、ファッションなどの「テクスト」にとって重要なのは、作者の意図を正確に理解・鑑賞することではなく(「作者の死」)、文化に固有のさまざまな「引用の織物」として読者が創造的に読解すること(「テクストの快楽」)であると唱えた。
こうしたバルトの言説は、文芸批評はもちろん、芸術論や文化論、カルチュラル・スタディーズなどに幅広い影響を及ぼした。

アルチュセール

20世紀半ばのヨーロッパでは、人間性の回復を求める社会風潮から、マルクスが前期思想において唱えた人間の「疎外」批判が評価され、〝疎外からの解放〟という人間主義的なマルクス理解が生まれた。
これに対して、マルクス主義者であったアルチュセールは、マルクスの前期思想と、資本主義経済の科学的分析を中心とする後期思想とを別の思想として捉え(「認識論的断絶」)、前期思想のみを評価することはイデオロギー的な人間主義思想を助長するだけで、『資本論』に代表される後期思想にこそマルクスの真の価値があると唱えた。
そのうえで、アルチュセールは、マルクスの思想の再解釈を試みる。
マルクスは、経済的な土台=「下部構造」が、政治、宗教、文化、イデオロギーなど人間の意思や行為=「上部構造」を決定すると考えた。
しかし、それでは、社会変革までもが経済に規定され、人間の意思や行為が介入する余地がまるでないことになる。
すると、資本主義を社会主義・共産主義へ変革しようと主張する者たちは、不可能を可能だと偽り、人をだましていることになる。
これに対して、アルチュセールは、社会というものは経済や政治、イデオロギーといった複数のレベル=「審級」が総体として構造化されたものだと主張した。
たとえば、ロシア革命は、たんに経済的要因のみによって起きたのではなく、各審級独自の運動や発展のしかた=「相対的自律性」の働きによって起きたのである。
つまり、「下部構造」という1つの原因が「上部構造」という1つの結果を生み出すのではなく、「下部構造」と「上部構造」は入り交じって機能するのであり、1つの結果(できごと)は複数の原因によって決まると考えたのだ。
こうしたアルチュセールの考え方を「重層的決定」と呼ぶ。
このように、マルクスの思想を構造論的な因果関係で捉えなおしたアルチュセールの思想は、マルクス主義を再活性化させるとともに、「ポスト構造主義」に大きな影響を与えた。

ブックガイド

寝ながら学べる構造主義』(内田樹 著)
はじめての構造主義』(橋爪大三郎 著)
▼上記2書は、構造主義入門の両横綱である。『寝ながら学べる構造主義』は、ソシュール、フーコー(本サイトでは「ポスト構造主義」で紹介)、レヴィ=ストロース、ラカンを扱う。『はじめての構造主義』は、主にレヴィ=ストロースを扱う。どちらも予備知識はいっさい不要で、楽々通読できる。まるっきりの初学者であれば、両書とも必読である。

レヴィ=ストロース入門』(小田亮 著)
▼レヴィ=ストロースの思想を学びたいなら、上記『はじめての構造主義』の次に読むべき。さらに理解が進むこと請け合いである。レヴィ=ストロースが未開社会(無文字社会)の親族構造や神話研究から何を見出したかがよくわかる。

悲しき熱帯』(川田順造 訳)
▼レヴィ=ストロース自身の著作を読むなら、まず本書から読むとよい。ブラジルでのフィールドワークを紀行文のように記しているので、学術的な他の著作にくらべ読みやすい。彼の思想の核心をじかに知るにも手ごろである。

生き延びるためのラカン』(斎藤環 著)
▼精神科医の著者が「日本一わかりやすいラカン入門」をめざしたというだけあって、実際に他のラカン入門書よりもわかりやすく平易である。くだけた講話風の文体も、わかりやすさに貢献している。ラカン思想について初めて学ぶ読者なら、まず最初に読んでおくとよいだろう。

ラカン入門』(向井雅明 著)
▼ラカンの思想が前期、中期、後期の順で解説され、どのように展開したのかがよくわかる。ラカン思想の全体像を正確に把握するには格好の1冊だ。ただし、数学的記述が多いため、数学に苦手意識がある読者であれば、少し手こずるだろう。

二人であることの病い』(宮本忠雄 他訳)
▼ラカンが精神科医として携わった症例をもとに書かれた論文集である。「鏡像段階説」などラカンの概念が形成された原点を知ることができる。難解なラカンの著作を読む最初の1冊として最適である。

ロラン・バルト』(石川美子 著)
▼ロラン・バルト研究の第一人者による良質な概説書である。バルトの人生と著作と思想がコンパクトに概観できる。バルトが使う言葉の成り立ちがわかるので、その思想も理解しやすい。予備知識がまるでない初学者が通読するにはやや骨が折れるかもしれないが、バルトに関する基礎知識を得るには充分だ。

ロラン・バルトによるロラン・バルト』(石川美子 訳)
▼バルト自身が「小説のひとりの登場人物によって語られている」と述べているように、自分自身の幼少期や著作、そのときどきの出来事や考えなどについて他者に語らせるという体裁をとっている。構成も、200あまりの断章と40ページ以上の写真から成る、哲学系書籍としてはユニークで斬新なつくりだ。数多くの訳註が、バルトを理解するための大きな助けとなっている。

アルチュセール』(今村仁司 著)
▼1980年代以降、日本への現代思想の紹介に貢献した著者による平易な入門書である。アルチュセールがどのような時代背景のもと、どのような思想を展開したのかがよくわかる。弁証法、マルクス、イデオロギーとテーマが絞られているため、とてもコンパクトだ。

マルクスのために』(河野健二 他訳)
▼アルチュセールの思想において重要な概念である「認識論的断絶」と「重層的決定」が示された著作である。マルクスの原点をヘーゲルではなくスピノザに求める内容も含まれている。難解だが、アルチュセールの思想を理解するためには必読である。






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