「哲学」とは何か?

世の中には、さまざまな学問がある。
文学、歴史学、地理学、法律学、政治学、経済学、商業学、数学、物理学、生物学、医学、動物学、天文学……などである。
どの学問も、一見して、それがどんな学問なのかをたやすく想像することができる。
たとえば、政治学は政治について研究する学問だとすぐに思いつくし、天文学なら宇宙について研究する学問だと容易に想像できる。
それでは、「哲学」は……?

「哲学」と聞いて、“哲学は、かくかくしかじかなる学問である”などと答えられるのは、およそ哲学者だけではないだろうか。
ほとんどの人は、「哲学」と聞くと、何か小難しい理屈を並べ立てる学問だとイメージできるものの、どんな学問なのか、何を探究する学問なのか答えられないはずだ。

「哲学」が日本に紹介されたのは、江戸時代末期である。
津和野の医家出身である西周(にし・あまね、1829〜97)と美作(みまさか)出身の津田真道(つだ・まみち、1829〜1903)が、ヨーロッパの学問の1つ「ヒロソヒ」を、「賢哲であることを希(こいねが)う学問」という意味を表現するために「希哲学」「希賢学」と翻訳し、これがのちに簡略化されて「哲学」と呼ばれるようになった。
それでは、西たちが翻訳・紹介した「ヒロソヒ」とは何だったのか?
それは、英語で言うところの「philosophy」(フィロソフィー)であり、元をたどれば、古代ギリシアの「philosophia」(フィロソフィア)である。

「philosophia」という言葉は、“愛するもの”を意味する「philo-」と、“知恵”を意味する「sophia」の合成語である。
加藤信朗著『ギリシア哲学史』によれば、古代ギリシア時代に書かれた文献において、この言葉は紀元前5世紀に少数散見され、前4世紀には多数見出せるという。
しかし、「philosophia」という同じ言葉を使ってはいても、前5世紀と前4世紀とでは、その意味は異なるらしい。
前5世紀における意味は「知的探究一般」とか「教養」であり、前4世紀における意味は「ソフィア(知恵)から隔(へだ)てられた者として身を置き、ソフィアにかかわらずにはいられない者として身を持する」(p.7)営みである。
そして、前者の用法は前7〜6世紀における知的態度を指し、後者の用法はプラトンの著作のなかで語られるソクラテスの探究を指す。

ここからわかるのは、哲学というのは、まず「知的探究一般」として始まり、次に“知恵から隔てられた者による知恵の探究”へと進んでいったということである。
あるいは、「知的探究一般」があったからこそ、“知恵の探究”が可能になったと言うことができよう。
そのため、西洋哲学の歴史は、古代ギリシアにおける「知的探究一般」を起点として語り始められることが多い。
このサイトでも、「知的探究一般」としての「philosophia」から話を始めていく。

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